強み・こだわり
機械量産が主流となった戦後も、廣田硝子は一貫して手づくりを守ってきた。掲げるのは「効率にとらわれないものづくり」。一度は途絶えた乳白の江戸硝子を、金型から起こして甦らせるなど、失われた技法の復刻に力を注ぐ。自社の技術に固執せず、外部のデザイナーや異業種と柔軟に組んで新しい価値を生む編集力を、社内にもっている。
歴史
初代・廣田金太は新潟県燕の出身。上京してランプ問屋で修業を積み、明治32年(1899年)に創業した。関東大震災と東京大空襲で被災しながらも復興し、いまは四代目・廣田達朗が率いる。燕(素材のルーツ)と墨田(製造の地)という二重の地縁が、この作り手の物語を厚くしている。